夢を見た

 父は頻繁に暴力を振るう男だった。多少のことですぐ怒り、全身を震わせて、手をあげて私をはり倒すと腹や頭を蹴り飛ばしてくる。痛みに耐えて頭をかばい、うずくまること以外にできることはなかった。
 それでも私は彼を憎むことができなかった。私が幼いころ、彼は優しく鷹揚な人であった。頭を柔らかに撫でる父の手の暖かさを今でも覚えている。
 父を暴力的にしたのは頭に負った怪我のだった。転んだ父の顔が調理台の角にぶつかり台の脚と脚の間を弾かれながら地面に叩きつけられていった。それだけのことで父の人間性は失われ、まるで違う男になった。
 
 ある日父と私は宴席に呼び出され、菓子を振舞うように言われた。大畳間には膳が四角く並べられていて、私のはす向かいの中央にすわる、ひひのような老人が主賓であったようだ。隣の父はその老人の下品な咀嚼に怒り心頭の様子で震えていた。いつか駆け出して殴りつけるのではないのかと気が気でない時間が過ぎ、食事が終わり私らのつくった菓子が運ばれてきた。
 老人がこちらをむき、しわしみだらけの顔をくしゃりと歪ませて、隣に控える男に耳打ちをした。男は父の側に近寄ると、老人からの授かったのだろう言葉を告げていった。
 なにごとだろうかと見ていると、父の顔が赤くそまり、膳をどけると立ち上がり、震えながらどすどすと音を立てて宴席の中央――老人の前へと歩いていった。
 私は何をする気かと脂汗をかきながら見ていると、畳の上にどすりと胡坐をかき、老人の前に供された菓子をむんずと掴んだ。まさか投げつけるのではないかという思いを裏切り、匙で菓子をすくうと老人の口元へ差し出したのだった。
 菓子は芋を蒸してこし、抹茶と混ぜて焼いたものを再びこして冷ましたものだ。練られた抹茶色の菓子を老人は満足げに、ひとしきり眺めると口へ入れた。いやらしい、下品な食い方であった。父の指先は振るえ、顔は怒りに染まっていた。
 私はその父の姿に哀れみと、得も言われぬ苛立ちを覚えた。そして卑らしげに笑う老人に憎しみと言うものを、父に殴られようと蹴られようとついぞ覚えなかった憎しみが胸に宿った。
 老人がこちらを向き私の表情に気づいたのだろう。また笑い、膳にのった魚の骨を投げてよこした。私の膳の上でさかの固い音を立て転がった。私にこれを食えという意味であろう。私が顔をあげると、全身でもって耐える父の姿が目に入った。その瞬間、憎しみがするりと胃にくだって、自然のうちに収まっていた。
 宴席にいた他の客たちの忍び笑いの中、私はその骨を口に運んだ。喉に刺さっては堪らないので、すり潰すように噛み砕くとパリポリと口の中で音をたてた。

 宴席が終わり、私が満開の桜を見物しながら庭をぶらぶらしていると、声をかけてくる少年がひとりあった。さきほどの老人の隣に座っていた少年、老人の息子だった。とても老人の子供とは思えない、美しく礼儀の行き届いた少年だった。
 少年は私に声をかけ、父の非礼をわびると共に「あのようなことをされて悔しくないのか」と問うた。私は苦笑いしながら、口の中で骨を砕いたときに広がったうまみの事を思い出していた。

うーん

 なぜこんな夢を見たかは不明です。よくわからん印象的な夢をみることがままあるのですが、共通しているのが、三人称だか一人称だかわからない物語風なことです。支離滅裂で物語のていをなしていないことがほとんどですが。
 んで、この夢なのですが、僕の父と外見も性格も全く違うんです。けど、物語の主人公(=私ではあるのですが、外見も性格もやはり違う)の父親だとなんとなくわかるというか。
 夢の登場人物ながら、この親子のことは応援したいなぁとなぜか思い書きました。小説風に。面白いと思っていただければ幸いです。