腐れたもの

 作品について語っていると、なんでもかんでも「好き嫌い・人それぞれ」に押し込める意見がある。それを僕は嫌う。というか「好き嫌いだから」という人を基本的に信用しない。好き嫌いの問題だと思うなら、他人の意見など聞かず、自分の頭の中だけで楽しんでいればいいのだ。それなら本当に好き嫌いの問題だ。
 「好き嫌い・人それぞれ」という発言は腐れた卑しいものにしか見えない。要するに皆「俺の好きは正しい」し「俺の嫌いは正しい」そう思っているのだ。その癖、自分の好きを好きと言う勇気も、嫌いを嫌いと言う勇気もない。だから、相手の言うことを無意味にしようと努力する。「好き嫌いの問題」「人それぞれ」。みっともない。
 そういう人にはなんで好きか? なんでお前にとってそれが特別か? と問いかけてみたところで、何か返ってくると思えない。そもそも好きなものなんてないんじゃないのか? 周りが良いって言っているから好きとか、これを好きだと周りが良くみてくれるから好きとか、そういう好きなんじゃないだろうか? それが悪いとは思わないけど、だったら黙ってろと思う。
 好きなら好きで、嫌いなら嫌いで、かくかくしかじかこう言った理由で好き/嫌いである、と言える人間の方が、話していて遥かに面白いと思う。んで、相手の意見も見方も理解できるしそれはそれで一理ある、けど決定的にそれは俺とは違うものだな、そう思った時に初めて、人それぞれ、好き嫌いという言葉が適用されてしかるべきではなかろうか。
 要するに好き嫌いだなんて言葉は、両生類の糞をかき集めた価値もないし、つまらん言葉だと思う。僕はその言葉をギリギリまで出し渋る人じゃないと信用しない。*1そういうことを簡単に言う人は、僕のような考えを持つ人を信用しないだろう。こんなところでフェアってことで。

*1:それ以前に信頼関係が出てきていれば別だけどね